猫とワタスの成長日記…かな?
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2016/11/17
21:11:25
里親募集サイトにてご縁があり、今月の13日の日曜日から家族になるべくトライアルで猫村家にやって来た、男の子の白黒ハチワレにゃんこ。

「ハチ」と申します。
野良っ子だったハチ。
幸せになろうね。
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18:39:56
流行りに乗ってやってみますた。

食べづらいって文句言われますた。

15:56:09
お久しぶりです。

先日のスーパームーンが思いのほか綺麗に撮れたのでUPします。




iPhoneで撮っても月は光の点にしか写らないので諦めていたのですが

双眼鏡などにスマホのカメラをくっつけると望遠レンズの代わりになるという情報をネット上で発見。

ダーリンが双眼鏡は持ってないけど…と出してくれたのは、お仕事で使用している「レベル」という機材。

道路とかで作業員さんが望遠鏡みたいなのを覗いているアレです。

月の模様やクレーターもちゃんと見られて、ダーリンも感動してますた。

次のスーパームーンは来年。

来年は月の出始めを狙って周囲の背景も撮れたらいいなぁ。

その前に、おちんさん旅から戻って来てブログ再開しないかなぁ。





お月見の後で、サーファー君の差し入れ「〆張鶴 月」で乾杯しますた。
辛口でうまうまのお酒です。



14:34:12
お久しぶりでござります。

あいもかわらず、ちんたらぽんたらの更新です。

今朝、台風8号が千葉県を通り過ぎて行きましたが、こちらはほとんど風も雨も無く朝からお日様が顔を覗かせております。

昨年のゴールデンウィークに父親が北海道からウチに引っ越して来て、はや一年が過ぎますた。

疎遠だったのでどーなることかと心配しておりますたが、そんな心配をよそに宇宙人のダーリンとも猫の「うめ」ともすっかり仲良くやっております。

最初は「猫がウロウロしている家なんかやだぁ」なんて文句を言ってやがりますたが猫の可愛さに目覚め、メロメロになり、今やしっかりネコジジイと化し、挙句の果てには立派な猫使いへと成長いたしますた。

これならいける!
夢の猫屋敷!

ダーリンの同僚から子猫を養子に譲っていただきますた。



さらって来た2014年5月11日の写真です。

2014年3月29日産まれのこの子は「みかん」と名付けますた。

宇宙人とネコジジイとうめとみかん。

家族が増えました。



08:35:46
東日本大震災から2年が経ちました。
今だに救済されていない被災地の方達も多くいらっしゃると、東北地方に仕事に行っている知人から教えられました。

国内、海外から寄せられた義援金は本当に被災者の為に使われているのだろうか?


被災された多くの方達のお話しをTVなどで見ましたが、今でも脳裏から離れない映像があります。

雪が舞う中、海岸で海に向かって手を合わせて祈るおばあちゃん。

あの日、津波警報が出て、孫娘がおばあちゃんを避難所に送ってくれたそうです。
その後、産まれたばかりの赤ちゃんを連れて「大事な物を取ってくる。」と家に戻り、そのまま津波に巻き込まれて帰らぬ人となったそうです。

「あの時、危険だからと必死に引き止めていれば、孫娘もひ孫も助かったのに…。
先の短い自分が生き残ってしまった。
代われるものなら、代わりたい。
せめて遺体だけでも返してほしい…。」

そう言っておられ、毎日、海で祈っているそうです。

今でも、心癒えることなく海に通っているであろう、おばあちゃんの後悔や無念さを思うと何とも辛い。


2年前のあの日、ワタスは仕事先である千葉市の補修工事中のマンションの中庭にいた。

10時頃、いつもは鳴かない野良猫達がニャーニャー鳴いていた。
「あの子達、いつも鳴かないのに珍しいね。何かあるのかな?」なんて呑気に仕事場のお兄ちゃんと話していた。

2時45分過ぎ
そろそろ片付けて休憩にしようという時、地面が揺れ出す。

マンションに組んでいた足場が北側の棟から南側の棟に向かってガタガタと大きな音で揺れが伝わっていくのがわかった。

そして立っていられないほどの強い揺れ!

経験したことの無い、長い長いゆっくりとした大きな横揺れに、いつか来るとは思っていたけど、それが今日だったのか…と思つつ、この瞬間何もできない自分が情けなかった。

揺れがおさまると、中庭で遊んでいた子供達は泣き出し、降りてきた高層階の住人はテレビやタンスが飛んできて怖かったと話していた。

その後、余震は落ち着いてきたものの、携帯電話が繋がらず誰とも連絡がとれないまま車で帰宅。

停電により信号機は消えていた。
そして渋滞。

途中トイレを借りにコンビニへ寄る。
飲み物、食品は売り切れていた。

皆、静かにトイレの列に並んでいる。

公衆電話にも長い列。

この後、いつもなら1時間の道のりを、5時間かかって家にたどり着く。

停電はまぬがれていて、水道もガスも止まっていなかった。
グラスが一つ食器棚から落ちて割れていただけだった。

余震の影響で仕事は中止になり、何日か後に再開になる。

その日の朝、車に黄色い蛍光色の粉が降り積もっていた。
花粉とは、あきらかに違う。

仕事先の千葉市のマンションにも、それは積もっていた。

今でも後悔している。

もっとちゃんと考えて警戒するべきだった。

皮の手袋をしていたとはいえ、触ってしまった。
そのサラサラとした、細かい粉末を…。

これのせいだったのかもしれない。

この3ヶ月後、ワタスは大切なものを失う。

悲しくて、辛くて、泣いてばかりいた。

それでも、どんなに辛いことがあっても、明日は来るし、生きているかぎり前に進むしかない。

後悔しても時は戻らない。

やり直せないなら、先に行って待っている人がワタスより先に行ったことを後悔しないようにワタスは悲しむことをやめようと決めた。

次に再会できた時、「やれることはやってきたよ」と話せる生き方を選択したい。


震災で亡くなった方の魂が一つ残らず上に還れるよう、大切な人を亡くした方達の悲しみが少しでも癒えるよう、心から祈ります。

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